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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4086号 判決

原告

大山すみ子こと李英愛

ほか五名

被告

浅尾信男

主文

一  被告は、原告李英愛に対し、八五〇万〇八五三円及びうち七七三万〇八五三円に対する平成三年五月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告崔實、同大山茂、同崔月子、同崔絹子、同崔正に対し、各五一〇万〇五六九円及びうち各四六四万〇五六九円に対する平成三年五月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  本判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告李英愛に対し、二〇六一万〇一八一円及びうち一八八一万〇一八一円に対する平成三年五月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告崔實、同大山茂、同崔月子、同崔絹子、同崔正(以下「原告實、同茂、同月子、同絹子、同正」という。)に対し、各一二八〇万六七八七円及びうち各一一八〇万六七八七円に対する平成三年五月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案概要

本件は、横断歩道を横断中の足踏式自転車と青信号に従い発進した普通貨物自動車とが衝突し、右自転車の運転者が死亡した事故に関し、右被害者の遺族らが普通貨物自動車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年五月三日午前八時七分ころ

(二) 場所 大阪市大正区南恩加島三丁目二〇番二一号先交差点(以下「本件事故現場」ないし「本件交差点」という。)

(三) 事故車 被告が運転していた普通貨物自動車(なにわ四〇ふ二四六二、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 亡大山隆生こと崔山澤(以下「山澤」という。)が運転していた足踏式自転車(以下「本件自転車」という。)

(五) 事故態様 横断歩道を横断中の本件自転車と青信号に従い発進した被告車とが衝突し、山澤が死亡した。

2  相続(甲二の1、2、弁論の全趣旨)

原告李英愛は、山澤の配偶者、その他の原告は、嫡出子であるところ、山澤は、大韓民国の国籍を有しているから、本件相続は、同国民法に準拠すべきである。同法では、被相続人の配偶者は、直系卑属と同順位で共同相続し(同法一〇〇三条、一〇〇〇条一項)、同順位の共同相続人の法定相続分は均分とされているが(同法一〇〇九条一項)、配偶者の相続分は直系卑属の相続分の五割を加算すると規定されている(同条二項)。したがつて、原告李英愛は、一三分の三、直系卑属であるその他の原告らは、各一三分の二の割合により、山澤に属すべき損害賠償請求権を相続により取得した。

3  損益相殺

原告らは、本件事故により生じた損害に関し、被告から治療費として、一八万八二四〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  責任原因

(原告らの主張)

本件事故は、被告の前方不注視等の過失が原因であるから、被告は、民法七〇九条に基づく責任を負う。

(被告の主張)

本件事故は、信号機の設置された十字路交差点において、被告車が対面信号が青に変わつたことを確認後、発進したところ、本件自転車が被告車の直前を横断して来たため、避けることができず、被告車の前部が本件自転車の左側面と衝突したものである。したがつて、本件事故は、山澤の一方的過失により発生したのであり、被告に過失はない。

2  免責・過失相殺

(被告の主張)

本件事故は、被告が、対面信号が青信号に変わつたのを確認後、正常に発進し、約二二・七メートル進行後に発生したのであり、その結果、刑事処分も不起訴になつている。他方、山澤は、本件自転車を運転し、対面信号が赤若しくは少なくとも点滅信号を表示しているにもかかわらず、横断を開始したのであり、本件事故現場は、中央分離帯が設けられている幹線道路であり、山澤が中央分離帯に至つた時には、対面信号が赤を表示していたのであるから、横断を中止すべきであつた。したがつて、被告車に機能構造上の欠陥等のない以上、被告は免責されるべきであり、山澤の過失は、少なくとも七割を下回ることはない。

(原告らの主張)

被告は、本件交差点において、前方の安全確認を怠り、道路交通法により、一般車両の走行が禁止されているバス専用通行区分帯に進入し、かつ、同時に発進した他の車両を交差点内で追越す程の速度で走行し、本件自転車に乗り、横断歩道を渡り切ろうとしていた山澤を跳ね飛ばしたのである。したがつて、被告の過失は重大であり、被告の前記主張は争う。

3  本件事故当時の山澤の所得

(一) 原告らの主張

山澤は、本件事故当時、従業員の伊東と二人で、日雇人夫の斡旋を内容とする個人事業をしていた。早朝に人夫を集め、依頼のあつた企業に斡旋して、その売上げと人夫の日当との差額を利得していたのであり、専ら、山澤個人の労働と信用に依拠していた。

山澤は、昭和六三年までは白色申告、平成元年からは青色申告をしていた。白色申告当時は、売上収入から、通常の経費を控除し、減価償却費、専従者給与を控除した金額を所得金額として、青色申告をし始めてからは、さらに、貸倒引当金を控除した金額を所得金額として、それぞれ税務申告をしている。これらの経費項目は、山澤の手元から財貨が支出移転されておらず、税控除の特典を利用しただけにすぎず、これら控除項目は、実質的には被害者個人の所得を構成していると解すべきである。

右実質所得金額の売上高に占める割台は、三・七三ないし四・九四パーセントとされているが、山澤が所轄税務署の税務調査を受けた際、担当税務署職員の見解では、山澤の事業の場合、類型所得率は七パーセントと把握しているとのことであり、山澤の所得税申告額は、税務当局側からみて過少申告の疑いが残る。また、税務申告書類に計上された給与支払対象者のうち、山澤の事業に雇用され、実際に給与の支払を受けているのは、従業員の伊東だけであつて、「大山すみ子」は電話番程度の手伝いをするだけの主婦であり、「大山絹子」は山澤の事業には何ら関与せず、「大山茂」は独立した不動産賃貸の事業に従事し、山澤から給与の支払を受けておらず、「大山正」は、生まれつき障害をもち、健常者ではないので、山澤の事業に従事することはできない。

山澤は、子飼いの従業員一名を連れて、毎日、人夫の斡旋の仕事に繰り出し、その事業収入により家計を賄つていた。我が国の所得税制上、所得計算には企業会計原理が取り入れられ、特に、青色申告の場合、被害者宅の家計の実態とはかけ離れた企業自体の原則が適用され、収入から資産の償却費、引当金を控除する方法で所得が留保されるシステムとなつている。また、自宅を本拠とする個人事業であるがゆえに、家族や従業員を専従者扱いにして、税務実務で許容される範囲の給与を支給したことにして事業経理を行うことが黙認されている。かかる乖離は、事業実態と遊離した租税の申告方式の定型化によつて生じているものであり、損害賠償法理の適用に当たつて個人の収入を認定する場合、かかる税制上の特典ともいうべき経理処理は除外しなければ、事実としての損害を適正に認定することはできないから、前記経費はいずれも、山澤の本件事故前の所得の認定に当たり、除外すべきである。

(二) 被告の主張

山澤は、西成のあいりん地区で日雇就労斡旋業を営んでいたものであるところ、原告らは、高額な逸失利益の請求をしているが、税務申告している所得額は、本件事故の前年である平成二年が四〇二万六七八一円、その前年である平成元年が三二九万九七六七円にすぎない。しかも、これらの時期がいわゆるバブルの好況期にあつたことを勘案すると、右所得は、通常の時期と比較し、高額であつたと考えられる。

原告らは、右収入額にとどまらず、減価償却費・専従者給与等も逸失利益に算入するが、減価償却費のほとんどは車両であり、それ以外はフアクシミリ等の消耗品にすぎず、当該事業を継続していれば一定期間で買替えを余儀なくされるものであり、これをすべて逸失利益に算入するのは誤りである。また、専従者給与についても、原告大山すみ子、同大山絹子、同大山正、同大山茂は、いずれも山澤宅に住民票を置き、同住居において生活していたのであり、山澤が本件事故当時六八歳と高齢であつたこと、家族全員の協力を得て事業を継続していたこと、山澤の死後、事業を法人化し、成光工業有限会社を設立し、原告大山すみ子が中心となつて事業を営んでいることなどを考慮すると、これを全額逸失利益に算入することは著しく妥当性を欠くというべきである。

4  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙計算書のとおり)

第三争点に対する判断

一  責任原因及び免責・過失相殺

1  事故態様等

証拠(甲一、検甲一、二、乙二の1ないし3、三、被告)によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は別紙図面(一)のとおり、市街地にあり、南北に通じる片側三車線(片側幅員約一一・六ないし一三・四メートル)の道路(以下「本件道路」という。)と東西に通じる幅員約七メートルの道路(以下「交差道路」という。)とが交差する信号機による交通整理が行われている交差点上にある。本件交差点には四方に横断歩道が設置されており、うち同交差点北詰には幅約四メートル、長さ約二五・八メートルの横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)がある。本件道路の北行車線と南行車線の中間には、同交差点南側に幅約〇・八メートルの、同北側には幅約二・八メートルの中央分離帯があり、同道路の両側には幅約七メートルの歩道がある。

本件道路は、駐車禁止であり、速度は時速六〇キロメートルに規制され、前方・左右の見通しは良く、路面は平坦であり、アスフアルトで舗装され、本件事故当時乾燥していた。本件事故から約三〇分後に行われた実況見分時の三分間の交通量は、本件道路が三〇台、交差道路が五台であつた。

本件交差点の信号の周期は、東西の歩行者用信号が四二秒青色を表示した後、点滅表示から赤色へと変わり、右点滅開始から三秒後に東西の車両用信号が青色から黄色に変わり、その三秒後に全ての信号が赤色を表示する状態(いわゆる全赤)となり、さらにその三秒後に南北の車両用信号が青色を表示し、その状態が一〇三秒間続くというものであつた。

被告は、被告車を運転し、本件道路を北進中、本件交差点に差しかかり、バスレーンである別紙図面(一)の〈1〉で信号待ちをしていたところ、同〈甲〉の車両用信号が青色に変わつたのを見て同車を発進させた。被告は、その後、約六メートル進行した同〈2〉で対向車線の方を脇見し、前方を十分見ないまま時速約二〇ないし三〇キロメートルの速度で進行し、約一四・一メートル進んだ同〈3〉で視線を前方に戻したところ、右斜め約三メートル前方の同〈ア〉に本件自転車を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、約二・六メートル先の同〈4〉で自車前部を本件自転車に衝突させ、自車は約四・一メートル先の同〈5〉に停止し、本件自転車を衝突地点から約四・三メートル離れた同〈エ〉に、山澤を約九・七メートル離れた同〈ウ〉にそれぞれ転倒させた。

別紙図面(二)の〈甲〉で客待ちのため停止していた宮原正汎は、同図面〈S〉の歩行者用信号が点滅していた時、同〈甲〉から約二四・六メートル離れた同〈ア〉に本件自転車を発見し、その後、同〈×〉で同自転車と被告車とが衝突したこと、被告車の発進音を聞いた時、同 の信号が青色を表示していたことを目撃した。また、別紙図面別紙図面(三)の〈A〉で信号待ちのため停止していた山本幸男は、同〈甲〉の車両用信号が黄色を表示している時、同〈A〉から約二五・五メートル離れた同〈ア〉に本件自転車を発見し、その後、同〈イ〉で同自転車が停止するように見えたこと、同〈a〉の信号が青色となつたのを確認し、自車を発進させたところ、同〈×〉で同自転車と被告車とが衝突したことを目撃した。

2  被告の責任

前記認定事実によれば、被告は、青信号で発進後、前方を見ずに脇見運転をしたため、本件自転車に乗つて本件横断歩道上を東から西へ横断中の山澤の発見が遅れ、本件事故に至つたのであるから、本件事故の発生に関し、前方不注視の過失があり、民法七〇九条に基づく責任を負う。

3  過失相殺

前記認定事実によれば、山澤は、本件横断歩道を自転車に乗つて横断するに当たり、歩行者用信号が点滅し、東西の車両用信号が黄色を表示していたにもかかわらず横断を開始し、その後、本件交差点の信号が全赤となつた際にも中央分離帯付近横断歩道で停止せず、さらに進行を続けた結果、南北の車両用信号が青色に変わり、同信号に従い、発進進行した被告車と衝突したのであるから、本件事故の発生に関し、過失がある。

山澤の右過失と前記被告の過失とを対比し、さらに、本件道路が六車線で、幅員が約二六メートルの幹線道路であり、本件横断歩道の中央には、幅約二・八メートルの中央分離帯があつたこと、山澤の年齢、自転車に乗つての走行であること、被告がバスレーンを走行しており、山澤の横断に早くから気づくことが十分可能であつたにもかかわらず、前方注視が著しく不十分な状態(脇見)で被告車を走行させたことなどを合せ考慮すると、その過失割合は、被告が五割五分、山澤が四割五分と認めるのが相当である。

二  本件事故当時の山澤の所得

1  証拠(甲三、四の1ないし3、五の1ないし3、六、七の1ないし3、八、九の1ないし4、一〇の1ないし5、一一、一二、二六、証人華常富)によれば、山澤は、本件事故当時、土木作業員、船舶の修理のための人夫等の人材を派遣する仕事を業とし、個人事業を営んでいたこと、右事業に関する税務申告の内容は、別表所得一覧表のとおりであることが認められる。

2(一)  原告らは、右のうち、減価償却費、貸倒引当金、専従者給与は、山澤の手元から財貨が支出移転されておらず、税控除の特典を利用しただけにすぎず、これら控除項目は、実質的には被害者個人の所得を構成している税制上の特典ともいうべき経理処理は除外しなければ、事実としての損害を適正に認定することはできないから、前記経費は、いずれも山澤の本件事故当時の所得の認定に当たり、除外すべきであると主張する。

(二)(1)  そこで、検討すると、まず、減価償却費とは、一般に、建物、機械、装置、無体財産権、営業権等、有形・無形の固定資産を取得した場合、右取得価額は、将来の収益に対する費用の一括前払の性質を有するため、取得の年度に一括して費用に計上するのではなく、使用・時間の経過により減価するのに応じ、徐々に費用化するのが相当であることから、取得後、一定の償却方式により各事業年度に割り振り、必要経費ないし損金の額に算入することとした費用をいう。

本件について、これをみると、山澤の事業に関し、減価償却費の推移は、別紙所得一覧表の減価償却費欄記載のとおりであり、その具体的内容等は、別紙減価償却一覧表のとおりである。すなわち、減価償却費は、昭和六一年度が五六万五八九九円、昭和六二年度が一〇二万四五〇九円、昭和六三年度が一五一万八一六〇円、平成元年度が一九九万一九四〇円、平成二年度が二五二万四六三三円と年度を追うにつれ増加しているが、これに対応して、昭和六二年が二三七万円、昭和六三年が四二〇万三六五〇円、平成元年が二一九万六九二四円、平成二年が一五一万七四二〇円と、多数の自動車、造作、応接セツト、エアコン、フアツクス等を取得し、耐用年数に応じ、右取得価額を一定の償却方式に応じ各年度に割り振つていることが認められる。これは、収益を産み出すのに必要な固定資産の取得費を取得年度のみに計上するのではなく、徐々に増加させながら費用化したことを反映したものである。右取得費ないし減価償却は、収益を産み出す源泉であるから、山澤の所得を算定する上で何らかの控除をすべきことは当然である。そして、いわゆる初任給固定方式による逸失利益の算定は、長期間における得べかりし利益の平均額の合計を算定することであるから右算定方式のもとにおいては、本件事故前の平均的所得額を把握する上で、各年度の収益に対応させ、取得費を徐々に経費化した減価償却額を収益からの控除すべきことは当然であり、非控除として取り扱うのは著しく合理性を欠くといわざるを得ない。

(2) 次に貸倒引当金とは、一般に、各年度において、売掛金、貸付金、その他これに準ずる貸金の損失に見込額として、貸倒引当勘定に繰り入れた金額のうち、その年度の終了のときにおける貸金の額を基礎として政令で定めるところにより計算した額に達するまでの金額をいう。将来におけるその損失の発生が確実に予想され、金額が正確に予測され、その損失が当該年度の収益と対応関係に立つていることが必要である。すなわち、今日の信用取引においては、貸金の一部が貸倒れになる蓋然性は極めて高度であつて、信用取引におけるコストの一種とみることが可能であり、かつ、貸倒れの比率は、過去の経験値から比較的正確に予測することができることから、現実の貸倒れを待たず、引当金として見込計上することを認めたものである。

本件において、山澤は、昭和六三年度までは貸倒引当金を計上していなかつたが、平成元年、申告方式を白色申告から青色申告に変えたことに伴い、同年に二二一万円、平成二年に二六〇万二〇〇〇円を貸倒引当金を計上している。右引当金は、損失の発生が確実に予想され、金額が正確に予測され、その損失が当該年度の収益と対応関係に立つていることを前提として計上されたものであること、また、両年は、二億六千万余からさらに三億四千万余へと売上金額が急激に増加しており、取引先から右額程度の債権回収不能額が生じることは十分有り得ると解されること等を考慮すると、債権回収不能が一切生じ得なかつたことをうかがわせる特段の事情がない限り、山澤の事業所得を算定する上で右引当金除外することは相当ではないといわざるを得ない。

なお、山澤の顧問税理士であつた証人華常富(以下「華」という。)は、山澤に関し、貸倒れは生じていない旨証言するが、山澤が行つていた人材派遣業がおよそ貸倒れが生じ得ない事業であるとは考えにくく、右証言は税理士としての立場上、いわば伝聞に基づくものであり、事業実態をつぶさに把握してのものとは解されないから、信用できない。

(3) 右に対し、専従者控除とは、納税者と生計を一にする親族で、専ら当該納税者の営む事業に従事する者が支払を受ける給与で、一定の範囲に限り、必要経費に算入することが認められているものをいう。確定申告書に記載された親族が、現実に稼働し、給与の支払を受けている限り、右額を経費として控除すべきことは当然であるが、ことが親族に関する事柄であるため、個人企業においては、往々にして虚偽の申告がされがちであり、現実の稼働・給与の支払の有無を慎重に検討する必要がある。

本件において、山澤が申告した専従者控除・給与の概要は、別紙専従者控除・給料一覧表のとおりである。

ところで、華の証言によれば、本件事故前、山澤は、妻の原告李英愛(昭和四年六月二八日生)、三男の原告正(昭和四〇年二月一一日生)、次女の同絹子(昭和三八年六月二日生)と同居していたが、次男の同茂は、近くのマンシヨンに住み、同居していなかつたこと、同正は、障害のため稼働することができず、また、同茂は、借家を有し、山澤の事業に関与していなかつたことが認められ、右に反する証拠はない。したがつて、原告正、同茂に関し、現実の稼働・給与の支払はなかつたと推認される。

これに対し、華の証言によると、原告すみ子、同絹子は、山澤と同居し、経理、電話のやりとり等に関与することが可能であつたこと、現実に同すみ子は、山澤の死後、平成五年に同人の事業を法人化し、成光工業有限会社を設立したことが認められる。したがつて、両名は、山澤の事業に関し、何らかの手伝いをしており、相応の給与の支払いを受けていたと推認するのが相当である。もつとも、華は、山澤から、生前は、これらの者に対しても給与を支払つていたと聞いていたが、同人の死後、原告正、同茂に確かめたところ、給与の支払がなかつた旨聞いたと証言するが、同正、同茂が稼働していなかつたとしても、原告すみ子、同絹子についても同様とはいえないことは当然であるから、右証言は信用できない。

3  したがつて、以上の認定事実をもとに、山澤の事業に関する経費中、平成元年度、平成二年度の経費から、原告正、同茂の専従者控除、給与を除外すると、両年の山澤の所得は、別紙所得一覧表のとおり、それぞれ四九七万九七六七円、九二六万六七八一円となり、昭和六一年度から平成二年度までの山澤の所得を平均すると、七五八万六八二八円となる。

三  損害

1  山澤の損害

(一) 逸失利益(主張額四九三四万四一二〇円)

証拠(甲一)によれば、山澤(大正一一年七月七日生)は、本件事故当時六八歳であり、前記認定のとおり、本件事故前、平均して七五八万六八二八円の年収を得ていたことが認められる。

平均余命等を考慮すると、山澤は、本件事故後、七年間は稼働することが可能であつたと認められ、また、山澤の家族関係、職業、年齢等を考慮すると、生活費として三割を控除するのが相当であるから、ホフマン方式により、中間利息を控除し(七年の係数)、山澤の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、次の算式のとおりとなる。

7586828×0.7×5.8743=3119712

(二) 慰謝料(主張額二二〇〇万円)

本件事故の態様、受傷内容、山澤の死亡に至る経緯等、本件に現れた諸事情を考慮すると、山澤の死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当と認める。

(三) 治療費加算、過失相殺及び相続

以上の損害に前記(第二、一、3)争いのない山澤に生じた治療費一八万八二四〇円を加算すると、合計五一三八万五三五二円となる。

前記過失相殺による減額の上、既払額である右治療費を控除し、さらに、法定相続分に従い、各原告の取得額を計算すると、別紙計算書のとおりとなる。

2  原告ら固有の損害

(一) 葬儀費用(主張額合計一五〇万円)

本件に現れた諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、一二〇万円が相当と認められるところ、弁論の全趣旨によれば、同費用は、各原告が法定相続分に応じ負担したものと認める。

(二) 固有の慰謝料(主張額合計五〇〇万円、各原告につき各六〇万円)

本件事故の態様、受傷内容、山澤の死亡に至る経緯、原告らと山澤との関係等、本件に現れた諸事情を考慮すると、原告らの固有の慰謝料は、原告李英愛が二〇〇万円、その余の原告が各四〇万円と認めるのが相当である。

(三) 小計及び過失相殺

以上の合計額に前記過失相殺をすると、残額は、別紙計算書のとおりとなる。

四  損益相殺及び弁護士費用

本件の事案の内容、本件事故後弁護士を依頼するまでの時間的経過、認容額等一切の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、原告李英愛が七七万円、他の原告が各四六万円と認められる。

五  結論

以上の次第で、原告らの請求は、別紙計算書のとおり、原告李英愛が八五〇万〇八五三円、うち弁護士費用を除いた七七三万〇八五三円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である平成三年五月四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、その他の原告が五一〇万〇五六九円、うち弁護士費用を除いた四六四万〇五六九円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である平成三年五月四日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、それぞれ理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

計算書

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所得一覧表

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減価償却一覧表

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専従者控除・給料賃金一覧表

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各項目対象表

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